蕨市は現在でも、市役所を中心に古い住宅が残されている歴史を感じさせる地域として知られています。かつては中山道沿いの宿場町として繁栄した歴史があり、その名残を感じることができるのです。

そんな蕨市の名称の由来については、はっきりとしたことはわかっていません。すでに中世にはこの名称が使われており、1352年の記録に「蕨郷」という名称が見られます。また、当時は「上蕨村」と「下蕨村」の二つに分かれていました。その後二つが合併された蕨宿となり、宿町として繁栄していくことになります。

地名の由来についてはいくつかの説が伝えられており、一つは「藁の火」という説。これは源義経が立ち上る火を見てつけたという伝承や在原業平が藁を炊いてもてなしを受けたことからつけたという伝承があります。もうひとつは植物の蕨からつけられたという説。こちらは戸田市や川口市など、周辺に青木や美女木、笹目といった植物由来の地名が多いことから唱えられている説です。

現在の蕨市の直接のルーツとなったのは1889年に施行された市町村制。この際に蕨宿と塚越村が合併し蕨町が誕生しました。なおこの当初は北足立郡に属していました。その後1959年に市制に移行、蕨市となりました。以後現在まで歴史を重ねています。

近隣、とくに川口市との関わりが非常に深い市でもあります。現在でも蕨市の住民が川口市に買い物に訪れたり、逆に戸田市の人が蕨市まで買い物に訪れるなど、密接な交流が行われています。これは人が行きかう宿町として栄えた蕨市の歴史の名残ともいえるのかもしれません。